土倉
『春日験記』に見る形のものが存在していた以上、土蔵の発展経過としては、屋根防水を完全にするためにまず置屋根形式のものが完成し、それが簡略化されて通常の外壁リフォームができ上ったと理解すべきでしょう。
ともあれ『春日験記』のこの建築物が、後年の土蔵(土倉)及び塗籠式の近世城郭の構造に直結するものであることは疑いを容れまい。
さて鎌倉時代から室町期にかけて、有力な商人を「土倉」と呼ぶことは周知です。
経済史家によれぽ北条氏の頃から無尽銭という一種の金融機関があり、その営業者が質物を収納するための倉庫を構え、火災の難を避けるためにそれに土を塗っていたから、これを土倉と呼んだといい、後に豪商の代名詞になったとされています。